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2026年1月16日金曜日

西欧で飢饉を救って来たジャガイモ

備えよ常に! 備えあれば憂いなし
大 仏 池  東大寺



日本では、戦後の食糧難の時期、サツマイモが

深刻な食料不足を救ってくれた。

サツマイモは、中国から琉球(今の沖縄県)に

伝わっていたのが、徳川時代の初期に薩摩

(今の鹿児島県)に伝わり、サツマイモと

呼ばれて明治以降には岩手県より南部に広がる。

ジャガイモの渡来はさらに古く、織田信長の

時代に交易拠点をジャワ島に置いていた

オランダ人によって長崎に持ち込まれ、

「ジャガタライモ」と呼ばれていた。

このジャガイモの故郷は、インカ帝国時代の

アンデス地方だとされ、元前5世紀から

原住民によって、トウモロコシと共に栽培

されていた。

16世紀後半に、インカ帝国を征服したスペイン

人が南アメリカからヨーロッパに持ち帰り

栽培が広がった。

中国に次いで、生産量第2位のインドへは

17世紀にポルトガル人によって持ち込まれたと

され、インドを植民地としたイギリスのより

インド北部地域での栽培が盛んになった。

イギリスもまた、ヨーロッパでのジャガイモ

栽培普及の役割を果たした。

冷涼な地域を好むジャガイモは、冷害にも

強く、北欧では主要な食料源となった。

1845年~1852年頃には、アイルランドで

ジャガイモ疫病菌により、ジャガイモが不作と

なり、約100万人が餓死したほか、約100万人が

主としてアメリカなどへ移住している。

1815年4月、インドネシアのバリ島から西、

2つ目のスンパワ島にあるタンポラ山(2851m)が

人類史上最大の火山噴火とされる大噴火をし、

小氷河期に当たっていたヨーロッパでは、

日照が遮られて、気温が1・7℃も下がり、

大規模なな冷害となり、20万人の餓死者を

出したとされる。

小氷河期に当たっていたヨーロッパでは、

火山噴火だけでなく戦争による災害で深刻な

食料不足に見舞われる時代が続いたが、この

時代にジャガイモは多くの人々の命を繋いだ。

備えよ常に! 備えあれば憂いなし 

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