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2024年9月12日木曜日

巨大地震が多発した安政年間 安政の三大地震

備えよ常に! 備えあれば憂いなし
新 大 仏 寺 不動明王



l 安政年間(1854年~1860年)は、日本全国が

大揺れの年であった。

(嘉永7年11月27日に安政に改元されたので、

この年も安政元年とする。)

大地震だけでなく、黒船来航に伴う日米和親

条約や 日露和親条約締結が締結されている。

1860年3月24日には、大老井伊直弼が江戸城

桜田門外で暗殺された。

1854年6月15日: 伊賀上野地震(安政伊賀地震)。

木津川断層によるM7.2~7.3の地震。

薬師寺東塔が損傷し、伊賀上野城西大手門の

石垣崩壊で死者や奈良の古市村で溜め池が

連続して決壊し、死者110名がでた。

同年12月23日: 安政東海地震。

南海トラフ沿い東側半分に当たる東海道沖が

震源域となった地震でM8・4の大地震。

同年12月24日: 安政南海地震。

東海地震の翌日、32時間後に南海トラフの

西側半分が震源域のM8・4の大地震で、

[稲むらの火]のモデルとなった。

同年12月26日: 豊予海峡地震。

更に2日後、40時間後に大分県と愛媛県との

間にある豊予海峡のやや大分県寄り、安芸灘

から伊予灘を経て豊後水道に至る領域を震源と

するプレート内地震で、M7‣4の大きな地震。

安政南海地震に因り誘発された地震といえる。

1855年11月11日:安政江戸地震。

江戸直下地震で、震源は東京湾北部・荒川河口

付近、または千葉北西部とされるM 6.9-7.4の

地震で、内陸地殻内地震かプレート境界地震。

江戸に、人々が集中していた時期で、地盤が

軟弱な埋め立て地の隅田川東岸の人口密集地

では甚大な被害が発生し、死者は1万人とも。

1856年8月23日:安政八戸沖地震。

八戸沖(三陸沖北部)の日本海溝で発生した

プレート境界型の固有地震でM7・5。

北海道太平洋側から三陸海岸にかけて、3m

から6mに達する津波が繰返し襲った。

1858年4月9日:飛越地震

富山・岐阜県境の跡津川断層を震源に発生した

M7.0 - 7.1と推定される地震。

北陸地方や飛騨を中心に大きな被害が発生し、

死者426人、立山連峰の鳶山が崩壊する

鳶山崩れ(大鳶崩れ)が発生。

これにより、常願寺川で堰止め湖が形成され、

その後の余震で、二度にわたり決壊し、下流で

多数の家屋が流失し、多くの死者が出た。

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