2025年に、兵庫県南部地震(1995年1月17日)
発生から30年を迎え、現地で慰霊祭が行われ、
自身の記憶を後世に伝えることを誓った。
地震からほぼ400年ほど前に、巨大地震が
兵庫県南部を襲っていた。
1596年9月5日(文禄5年閏7月13日)に発生した
慶長伏見地震である。
地震発生後に、文禄から慶長へ改元が行われた。
この地震の規模は、M 7.25-7.75程度と推定
されており、震源地とされる伏見では、秀吉が
居城用に改修中の伏見城天守が崩壊して、
城内だけでおよそ600人が圧死したとされる。
京都・伏見付近の有馬-高槻断層帯、及び六甲・
淡路島断層帯を震源断層として発生した地震で
兵庫県南部も大きな揺れに見舞われた。
伝えられている地震の被害は、伏見城のほか
京都では、東寺・天龍寺・二尊院・大覚寺・
方広寺大仏(京の大仏)などが損壊した。
その他、被害は京阪神・淡路島の広い地域に
及び、大阪・堺・神戸では家々が倒壊した。
四国の高松市でも強震を伴ったとされている。
慶長伏見地震発生の4日前に中央構造線の
愛媛県を震源とする慶長伊予地震(M7・0前後)が、
前日には別府湾-日出生断層帯の東部を震源と
する慶長豊後地震(M7・0前後)が発生している。
慶長伏見地震は、これらの地震に誘発されて
発生したとする研究がある。
*慶長伊予地震:1596年9月1日(文禄5年閏7月
9日)に、中央構造線断層帯の愛媛県西条市から
松山市付近までの高縄半島の付け根部分に
横たわる川上断層が震源。M7・0前後と推定。
*慶長豊後地震:1596年9月4日(文禄5年閏7月
12日)に、中央構造線断層帯の大分県の別府
湾口を震源とする地震。M6.9-7.8と推定。
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