1791年(寛政3年)11月頃から、雲仙岳西側で
有感地震が多発し、震源が徐々に普賢岳の
方向に移動。
92年2月(寛政4年1月)に、普賢岳で噴火が
始まり、溶岩を噴出した。
4月には、群発地震の中、普賢岳が噴火し、
前に聳える眉岳・天狗岳(708m)地割れが発生。
その後、島原の近くを震源とした活発な有感
地震が続いた。
5月21日午後8時頃に、雲仙岳山頂の東側
付近を震源とするM6・4の地震がが発生し
有明海に面した島原市では震度6程度の揺れに
襲われた。
この地震に因り、雲仙岳の東部、島原市側の
山裾から西2Kmほどの所に位置する眉山の
南斜面が大崩落した。
3億4000万m3に上る大量の土砂が、島原城下の
家々を押し流し、有明海に一気に流れ込んだ。
眉山の山体崩壊による大量の土砂が、満潮時の
有明海に流れ込んだことによる津波が、島原
半島と肥後・天草の沿岸を襲った。
10m以上の高さの津波が発生したとされ、
有明海を横断した津波は約20分後に対岸の
肥後天草に到達。
有明海沿岸部を襲った津波などで、島原側で
1万人、肥後側で5000人の犠牲者が出た。
[島原大変肥後迷惑]として伝わる。
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