ページ

2026年2月26日木曜日

島原大変肥後迷惑の大災害 1792年(寛政4年)

備えよ常に! 備えあれば憂いなし
紅  梅



1791年(寛政3年)11月頃から、雲仙岳西側で

有感地震が多発し、震源が徐々に普賢岳の

方向に移動。

92年2月(寛政4年1月)に、普賢岳で噴火が

始まり、溶岩を噴出した。

4月には、群発地震の中、普賢岳が噴火し、

前に聳える眉岳・天狗岳(708m)地割れが発生。

その後、島原の近くを震源とした活発な有感

地震が続いた。

5月21日午後8時頃に、雲仙岳山頂の東側

付近を震源とするM6・4の地震がが発生し

有明海に面した島原市では震度6程度の揺れに

襲われた。

この地震に因り、雲仙岳の東部、島原市側の

山裾から西2Kmほどの所に位置する眉山の

南斜面が大崩落した。

3億4000万m3に上る大量の土砂が、島原城下の

家々を押し流し、有明海に一気に流れ込んだ。

眉山の山体崩壊による大量の土砂が、満潮時の

有明海に流れ込んだことによる津波が、島原

半島と肥後・天草の沿岸を襲った。

10m以上の高さの津波が発生したとされ、

有明海を横断した津波は約20分後に対岸の

肥後天草に到達。

有明海沿岸部を襲った津波などで、島原側で

1万人、肥後側で5000人の犠牲者が出た。

[島原大変肥後迷惑]として伝わる。

備えよ常に! 備えあれば憂いなし 

 健康と安心のメタボへの備えは?





0 件のコメント: