ページ

2007年12月21日金曜日

氷雨の降る日


白樺林 (油絵 : 10号)



寒い時の雨上がりは、一段と冷たさを感じます。
朝の寒さがそのまま残ったような冷たさです。
雨上がりだけに、元気良く、早足で歩くとか、走るとかも
出来ずに、ただ、静かに、そーとしているだけ、という
一日になってしまいます。

散っている枯葉も、地面にへばりついて、とても詩情
のある癒しの世界ではありません。
このような日は、絵画でも見に美術館へ行くか、映画を
見に行くのが、適しているようです。

とはいっても、それは街中の人のことであって、人気の
少ない田舎町や、バスもまともに、通ってこないところでは
そのような願いはかなえられません。

雨の日は、軒先から落ちてくる雫を眺めながら、雫にも
表情があるのだなとか、あわてん坊のも居れば、
のんびり屋もいるのだななどと思いながら時間を
過ごすしかないようです。

晴れの日は、周り全てが自分の世界であり、癒しの場で
あって、気ままに畑を耕し、草取りをして、気が向けば
林を歩くことが出来ます。

晴耕雨読といいますが、雨だからと言って、本やテレビだけで
一日を過ごすのは、苦行でもあります。
怪我や病気で外へ出られぬ日が続くことを考えて
家の中ででも、思うままに時間を楽しめる道楽を
身に付けて、イザという時に備えなければ、と思う
今日この頃です。

備えよ常に! 備えあれば憂いなし」ですね。
非常持出袋は?

2007年12月20日木曜日

雑踏の街中で





紅い花と花瓶 (油絵 : 10号)




12月に入ると、意識をしていなくても、商店街やショッピング
センターなどに入ると、クリスマスの歌が流されるように
なり、あわただしさを感じさせられます。  

もう少し、のんびりと、晩秋の雰囲気を味わいたいとか
初冬の孤独感に浸りたいなどと、ロマンテイックな気持ち
などは美術館の絵画のある世界のことで、街の中では
道行く人は皆、ハメルンの笛吹きに踊らされるように、
人が集まり、動き回ることになります。

周囲の雰囲気にまけず、また、自分の心の何処からか
湧き出てくる焦りの気持ちを抑えることが大切ですね。
抑えること、辛抱することなのでしょうか。

子供が、商店街の真ん中でひっくり返って怒って、
駄々をこねているのに出くわしました。

子供には、我慢や辛抱は無縁なものなのですね。
お母さんは、何とか機嫌をとろうとしているのですが
聞こうともしません。
通りがかりの人も、ときおり、どうしたの?などと、
なだめようとするのですが、効き目なし。

男にとっては、手の出しようが無い舞台です。
どうやら、何か欲しい物があって、買ってもらえなかった
ようです。

思いだしたのは、自分の娘も、この子に負けないくらいの
駄々をしょっちゅうこねていたことです。
きっと、お母さんにもそのような時代もあっただろうなと
思いながら通り過ぎましたが。
備えよ常に!備えあれば憂いなし」です。
非常持出袋準備していますか。


2007年12月19日水曜日

街は歳末の雰囲気に



パリの街角の賑わい (油絵 : 10号)



クリスマスのシーズンになると、ケーキ屋さんは、
大忙し となります。
クリスマスケーキ作りに追われて、徹夜にもなります。

ローソクの灯ったケーキを囲んで、家族が楽しそうに
頬を寄せ合っている情景は、絵画としても、最も人気の
あるテーマ、題材でしょう。

同じケーキでも、家族や友達などへの誕生日のお祝い
などで、デコレーションケーキを求めてケーキ屋さんの
ショーケースをのぞいても、置いていないところが
ほとんどです。

あらかじめ、予約をするか、大きなケーキ屋さんで
デコレーションケーキが常に準備されていると、口コミ
情報で名前が知られている所へ、出向くしかないのです。

師走の声を聞くとさすがに、店先に並ぶものも変わってきて
早めに、子供会などのパーテイもあるので、ケーキ類も
デコレーションタイプが増えてきます。

当然ながら、カレンダーや日記帳、迎春用のお重などが
目に付き出してきます。
人々の動きもあわただしさを増してきているように思えます。
交通安全に加えて、歳末特別取り締まりのたて看板も
派出所の前に立てられました。

テレビも、今年の流行語や人気ベストテン、そして
紅白の出場者紹介と、こちらも「歳末ショウ戦」。

年賀状のデザインをどのようにしようかと、
悩むのも この時期ですね。
Qを書いて、耳のMを書き足して終りにしようかなどと
考えてもいますが、単純だけに、雰囲気は出しにくそうです。
落着かずに、そわそわしているうちに、
日は迫って きます。
まだ、時間があると開き直って、散歩に出ました。

備えよ常に!備えあれば憂いなし」ですがね。。。
非常持出袋は準備していますか。




2007年12月18日火曜日

クリスマスのムードに


水牛の音楽隊 (油絵 : 10号)


12月に入ると、途端に町の中の雰囲気が変わる。
飾り付けが大きく変化して、クリスマスの雰囲気を
盛り上げにかかり、BGもクリスマスソング一辺倒に。

お坊さんが走り回るのではなくて、サンタクロースが
町中を爆走しているような雰囲気です。
とても、墨染めの衣を着けたお坊さんが、下駄を鳴らして
枯葉の舞う石段を登ってくる絵画の世界ではない。

一頃のような、クリスマスケーキの注文取りのチラシは
目に付かなくなったものの、色々な商品が、クリスマス
セールの対象になって、チラシが溢れている。

日本人のクリスチャンの人口比率は、1%前後と
言われていますが、この時期ばかりは、日本人は
総クリスチャンになったような雰囲気になってしまう。

街の中がにぎやかになるこの時期には、買い物帰りの
親子づれや、女性達の姿が減る夕暮れからは、夜の
世界へと様子を変えます。

ひと頃よりは、酔っ払いの数は減ったように思いますが、
それでも、特に多くなるのが、忘年会シーズンの今の
時期でしょう。

酔っ払いの世話をするのは、厭なものですが、中には
上手に機嫌をとったり、なだめたりしている人もいますが、
連れて帰るにも苦労をするクセの悪い性格やクセを持った
酔っ払いです。

道端へ転がしておけと、思いたくもなるでしょうが、
単独ならともかく、同僚や、友人であれば、仕事以上に
疲れるお付き合いとなります。
こういう人には、対策や備えを考えておくべきですね。
備えよ常に!備えあれば憂いなし」です。
非常持出袋は準備していますか。


2007年12月17日月曜日

里山のある村





毎年何度か訪れる、棚田のある風景で、いつも
額縁に入った油絵を見ている気持ちで眺めて楽しんで
いる場所があります。

一年中、行くたびにに、周辺の木々や田んぼの姿が
変わりますので、奥の山裾の集落の姿は変わらなくても
一枚の絵としてみていると、季節ごとに違った表情を
見せてくれて、非常に楽しい場所です。

先日も、散り始めた赤いヤマモミジを右端に取り込んで
写真を撮っていると、「ここは実に良いポイントですね。
私は、ここから見る世界が好きです」と声をかけてくる
人に出会いました。
自然は、全ての人に、公平に美を提供してくれていることを、
改めて思い、感謝をしました。


その場所から少し先には、土地の神社があります。
少し小高いところなので、眺めもよい場所です。

行くたびに気になるのが、拝殿の前には、イザという時
備えた、消火器や放水の消火装置です。
こればかりは、物陰や小屋の中に目隠しをして
おいて置くものではないということなのでしょう。

赤い消火器が、柱にぶら下げられているのは、
どこででも良く眼にします。
写真を撮ろうとするときには、目に付いて雰囲気を
壊してしまうのも仕方がないでしょう。
歳末は、火災予防が重点課題です。

備えよ常に! 備えあれば憂いなし」が
優先ですね。
非常持出袋はありますか。

2007年12月16日日曜日

秋の日暮れは、「つるべ落とし」です


ひまわりと富士山 {油絵 : 10号)


関東地方から西の日本の夜明けは、12月に入って
6時半過ぎになります。
曇った日などは、7時になってもまだ、夜が明けきらない
感じがします。
朝が遅いから夜が早いという訳ではないですが、
日暮れも随分と早くなりました。

よく油絵の題材になるお寺が近くにあるので、急に
思い立って3時過ぎに家を出たのですが、途中で
西日が山並みに掛かりかけているのに気付きました。

まだ後、15分ほどは掛かりそうなので諦めて引き返し
少し寄り道をしたのですが、4時半過ぎになって、外へ
出ると、既に日暮れ時刻です。

そこからの30分。 いはば、無灯火での帰宅です。
自転車での無灯火走行は、道路交通法では、厳しい
罰則が科せられる危険走行です。

お巡りさんに見つからないようにと願うのは、当然の
ことでしたが、それよりも、「つるべ落とし」とは良く
言ったもので、急激な日暮れは、目が慣れないことや
丁度、下校時でもあり、また、夕方の人や車の動きが
激しい時でもあるために、非常に緊張する半時間でした。

これからの時期の夕暮れの自転車には、乗る方も、
車を運転する方も危険が多いことを身に感じた外出でした。
安全には充分な備えが必要です。
備えよ常に!備えあれば憂いなし」。
非常持出袋はありますか?

2007年12月15日土曜日

森の山桜の木


山里の川 (油絵 : 10号)



毎月歩いている森の中で、何箇所かの季節ごとに
変わった姿を見せてくれる、お気に入りのポイント
があります。

冬の寒い時期でも、葉を落とした木の枝の形が、
道に影を映している時なども、自分なりに絵画
なるな、などと、思いながら楽しんでいるのですが、
そのような中の一箇所に、大きな山桜の木があります。

曲がった幹と太い枝の格好が存在感を際立た
せてくれていますが、花をつけている時や、花びらの
絨毯を道に敷いて歓迎してくれている時の方が
良いなとは思うこともありません。
むしろ、無骨な姿の立ち姿に親近感を覚えます。


花が咲いている時だけ、ちやほやし、鉢植えなど
では日が当らない、やれ水をやらないと枯れて
しまうとか言っては世話を焼き続けます。

しかし、それも花が終わるまでのことで、
ご苦労さんのお礼の肥料も与えず、挙句は、
水さえやり忘れて枯らしてしまう私に対しては、
鉢は最ももらわれて行きたくなかった先に
なることでしょう。

それだけに、私には、今は葉を落としていますが、
森の木のほうが相応な相手になることになります。

いま、桜の木は枝先に葉を僅かばかり残して
いるものもありますが、よく見ると、すでに、春に
備えて花芽を準備しているのがよくわかります。
森の木々は、冬に向かって、「備えよ常に!」です。