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2011年9月1日木曜日

稲むらの火と広村堤防

菜の花畑の富士山  油絵






9月1日は防災の日、1923年9月1日の昼前に

関東大震災が発生した日だ。

このM7.9の大地震の発生を予測していたのが

今村 明恒博士だ。

不運にも大衆には、売名のためのホラ(浮説)だと

して受け入れられなかったが、大地震の予測が

現実となって、10万5千人もの死者・行方不明者を

出す大惨事となった。

今村博士は、その後地震の発生メカニズムや

観測、予測などの研究を進めたが、何よりも

称えるべきは関東大震災の反省から国民の

防災意識向上の啓蒙に終生努力を払った功績だ。

国も博士の熱意に動かされ、防災意識の向上の

必要性を認識し啓蒙活動のため「小学国語読本」に

登載されたのが浜口梧陵の逸話、「稲むらの火」だ。

安政元年(1854年)12月に発生した地震は

倒壊・南海・東南海地震が連動して発生し、紀伊

半島の太平洋に面する広村は大津波に襲われた。

梧陵は、前日に発生した東海地震に続き、再び

地震が発生した時、即座に村民を高台の神社に

誘導し、夜に入って、村を襲った津波で流され

行き場を見失った人々を大切であった「稲むら

(稲塚・ススシ)」に火を放って誘導して救助した。

地震後に梧陵は、壊滅した村の復興に私財を

なげうって海岸部の堤防の構築に取組み、罹災

村民の生活の支えとして村の復興の礎とした。

先日訪れた広村堤防は、今も美しく、力強い

姿をとどめて広地区の人々を護っていた。



広 村 堤 防  






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