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2022年6月3日金曜日

相模トラフと南海トラフは連動しやすい

備えよ常に! 備えあれば憂いなし
ク シ マ ザ ク ラ  東大寺



1923年(大正12年)9月1日に発生した大正

関東地震の震源地は、伊豆大島北端にある

千ヶ崎の北15km付近の相模湾海底で、太平洋

沖から房総半島南部を経て相模湾を通り、

陸側の国府津-松田断層帯に連なるトラフに

沿った場所だった。

この地震による、南海トラフへの影響は

見られなかったが、過去には相模トラフと

南海トラフでは影響しあって大きな地震を

発生させてきた。

両トラフは、伊豆半島を先端とした舌状に

南方から陸側に沈み込んでくるフィリピン海

プレートの両側に存在する。

記録に残っている両トラフが影響し会った

地震としては、1495(明応4)年に相模湾沿岸で

発生した明応地震では、地震とその後に発生

した津波で、鎌倉の大仏殿が倒壊し、死者が

200人余出たとの記録がある。

この地震の3年後の、1498年9月20日に南海

トラフを震源とするM8・6の地震が発生。

この地震では、東海、東南海、南海の3つの

震源域が連動して動き、大きな被害が出ている。

太平洋岸を襲った大津波で、陸地内の淡水湖で

あった浜名湖の海側の堤防が大きく決壊し、

現在のような海とつながった内海となった。

1854年(嘉永7年)に発生した安政東海地震

(M8・4)の地震では、僅か32時間後に震源域が

隣接する東南海の紀伊半島沖を震源とする

安政南海地震(M8・4)が発生している。

相模トラフと南海トラフでは、少なくとも

2回、3〜4年の期間で連動地震を観測している。

備えよ常に! 備えあれば憂いなし

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